田中弥生さん講演会レポート
2025年07月31日
開催日:2025年5月19日
<会計検査院は、国の財政の監督機関>
2025年春に退官したばかりの前・会計検査院長で国際公共政策博士、東京大学客員教授の田中弥生さんに「もし、ドラッカーの弟子が会計検査院長になったら」というテーマでお話し頂きました。
田中さんは文学部心理学科を卒業して、日本光学工業(現在のニコン)に総合職で入社。責任ある仕事をしたいと結婚退社後、一時はご主人のご実家のウナギ屋で働き、「自分のできなさを実感」。「やってみなければわからないことがたくさんある」ということを知りました。その後、財団や国際協力銀行、大学に勤務し、7つ目の職場が会計検査院でした。
会計検査院とは憲法90条に記されている憲法機関・役所で、国の収入支出の決算はすべて毎年会計検査員が検査し、独立性が法律で担保されています。
大隈重信の提唱で財政監督機関として設立され、145年目を迎えます。
会計検査院の会社で言う取締役の役割をする検査官3人は、国会の同意を得て承認され天皇陛下から認証を受けます。そして田中さんは2024年1月に総理から任命されて院長に就任しました。
会計検査院の検査は多岐にわたり、日銀のバランスシートの観察、国の財政の動向、国債の発行状況、東京オリンピック・パラリンピックの取り組み、農業政策の効果の検証、年金の動向がサステナブルか、租税特別措置の制度はどうだったのかといったことなど様々です。
<驚くべき国費の使われ方>
田中さんが総理に説明したときに作成した同じ資料を見ながら具体的に解説してくれました。
「新型コロナ感染症と国費の遣い方の課題」は、コロナの3年間で114兆円使った。中でもコロナ感染症対策で講じられた現金給付、補助金、融資、交付金については物価対策という名前を付けたまま今でも続いているものがかなりある。他国では一度ピリオドを打っているが、日本では続けている。
あべのマスク事業の予算は1044億円。8500万枚余り、倉庫代で毎月2000万円かかっていた。持続化給付金を配るのに、多層のレイヤーで委託され700数十社が関わっていた。ワクチンを買うだけで2兆4000億円使ったが、どのぐらいの量が必要なのかの積算根拠はなく、厚労省からの回答もない。ガソリン補助金、エネルギー補助金などについても検査し、現金給付金はきちんと届くべき人に効率的に届いたのか。1件当たりの事務費がどのぐらいかかったのか。
聞けば聞くほど信じられないようなことばかりで、国民としてもっと関心を持って眼を見開いていないといけないと強く感じます。
また補正予算の執行の全体像が明らかになったのは戦後初めてのことでした。
<ピーター・ドラッカーの家のそばに引っ越して>
さて、田中さんには、ドラッカーからもらった2つのテーマがあります。1つが「非営利組織のマネジメントと評価」2つ目が「ナチスの全体主義と民主主義」で、この2つが彼女のこれまでの転職や生き方を左右してきました。
ドラッカーとの出会いは、1989年。ドラッカーが新著『新しい現実』を出版するにあたって日本のテレビ局で特番を作ることになり、当時、財団でNGO関係の仕事をしていた田中さんに不明点を聞きに来たのがきっかけです。
田中さんはこの時初めてドラッカーの本を読み、その大局観と世界観と歴史観に魅了され「絶対会いたい」と思いました。すると1992年、彼が財団を作ると知ったので、飛行機に飛び乗ってオープニングシンポジウムの会場に会いに行きます。それがのちの「非営利組織」についての日本講演につながり、自宅のFAXでやりとりするほどの関係になります。
1995年には思い立ってドラッカーの家のそばに引っ越しドラッカーが教授を務める大学で学びます。その留学中にドラッカーの『非営利組織の自己評価手法』を訳したことが、その後のテーマとなり転職の契機になりました。
「ナチスの全体主義と民主主義」は、翻訳や研究を通じて心に引っかかっていたドラッカーのフレーズです。1995年日本向け本の序文に「オウム真理教と阪神淡路大震災のボランティア」と同列に並んで出てくる。それを不思議に思い、もしかしたら同じ所でつながっていると考えていたのではと思っていた。
2012年に田中さんがドラッカーの教えを書いた本『ドラッカー2020年の日本人への「予言」』に記したのだが、30代の頃、ドラッカーはなぜドイツ人はファシズムを選んだのかという本を書いている。「ナチスドイツの全体主義は、結局は市民が自ら選んだ。知識層の「無関心の罪」は20世紀の新しい、かつ最も重い罪だ」とある。ドラッカーは、オウム真理教の若くて優秀な幹部のエネルギーを受け止められない社会に警鐘を鳴らしていた。同じようなことが2020年以降に起こるとドラッカーは言っている。
これを受け止められる社会をどうしたら自分が実現できるのかと思っていたら、その7年後に財政民主主義を支えるインフラである会計検査院の仕事をしないかというオファーが来ました。そこでこれまでやっていたことを全部やめて、飛び込みました。
<テーマを持って学びと実践を繰り返す>
田中さんはこれまで、勉強したことを実践するために実践できる職場に転職してきました。たとえば修士で「非営利組織のマネジメントと評価」を勉強し実践してみたくて、国際協力銀行の門をたたき、やりたかった評価室に勤務した。すると今度は実践したことをもう一度まとめたくて学校に戻る。学びと、テーマの実践の場・職場を行き来してきました。
ソフィアンに伝えたいのは、疑問や興味を持ったことを調べ学び、どういう社会の仕組みとつながっているのかに想いを馳せてほしい。すると私的な関心から公共に繋がっていくと言います。
仕事と自分のテーマは必ずしも一致しないので、その時は2枚目の名刺を持ってテーマを追求できる場所を持ち続けること。まず望み、チャレンジすればそこには必ず得るものがあると「テーマを持って生きる人生を」というメッセージをいただきました。
事業企画委員会
岩崎由美(文国)


