7No. 198/ Autumn / 20252025 年 5 月 19 日に、この春に退官された前・会計検査院長で国際公共政策博士、東京大学客員教授の田中弥生さんに「もし、ドラッカーの弟子が会計検査院長になったら」というテーマでお話し頂きました。会計検査院は国の財政の監督機関田中さんは文学部心理学科を卒業して、日本光学工業(現在のニコン)に総合職で入社。責任ある仕事をしたいと結婚退社後、一時はご主人のご実家のウナギ屋で働き、その後、財団や国際協力銀行、大学に勤務し、7 つ目の職場が会計検査院でした。そして田中さんは 2024 年 1 月に院長に就任しました。会計検査院の検査は多岐にわたり、日銀のバランスシートの観察、国の財政の動向、国債の発行状況、東京オリンピック・パラリンピックの取り組み、農業政策の効果の検証、年金の動向がサステナブルか、租税特別措置の制度はどうだったのかといったことなど様々です。驚くべき国費の使われ方田中さんは「新型コロナ感染症と国費の遣い方の課題」として、当時の資料を見ながら具体的に解説してくださいました。それによると、コロナの 3 年間で使ったお金は 114 兆円。中でもコロナ感染症対策で講じられた現金給付、補助金、融資、交付金については物価対策という名前を付けたまま今でも続いているものがかなりあるそうです。アベノマスク事業の予算は 1044 億円。8500 万枚もあまり、倉庫代で毎月 2000 万円かかり、持続化給付金の配布には 700 数十社が関わっていた。ワクチンを買うだけで 2 兆4000 億円使ったが、どのぐらいの量が必要なのかの積算根拠はなく、厚労省からの回答もない。ガソリン補助金、エネルギー補助金などについても検査し、現金給付金はきちんと届くべき人に効率的に届いたのか。1 件当たりの事務費がどのぐらいかかったのか。聞けば聞くほど信じられないようなことばかりで、国民としてもっと関心を持って眼を見開いていないといけないと強く感じました。ピーター・ドラッカーとの出会いさて、田中さんには、ドラッカーからもらった 2 つのテーマがあります。1 つが「非営利組織のマネジメントと評価」2つ目が「ナチスの全体主義と民主主義」で、この 2 つが彼女のこれまでの転職や生き方を左右してきました。ドラッカーとの出会いは、1989 年。ドラッカーが新著『新しい現実』を出版するにあたって日本のテレビ局で特番を作ることになり、当時、財団で NGO 関係の仕事をしていた田中さんにアドバイスを求めて来たのがきっかけです。田中さんはこの時初めてドラッカーの本を読み、その大局観と世界観と歴史観に魅了され「絶対会いたい」と思いました。そして 1992 年、彼が財団を作ると知り、飛行機に飛び乗ってオープニングシンポジウムの会場に会いに行きます。それがのちの「非営利組織」についての日本講演につながり、自宅の FAX でやりとりするほどの関係になります。1995 年には思い立ってドラッカーの家のそばに引っ越しドラッカーが教授を務める大学で学びます。その留学中にドラッカーの『非営利組織の自己評価手法』を訳したことが、その後のテーマとなり転職の契機になりました。ドラッカーの警鐘そして会計検査院へ1995 年に出版された日本語版の序文には「ナチスの全体主義と民主主義」というフレーズが「オウム真理教と阪神淡路大震災のボランティア」と同列に並んで出てきます。田中さんはこのフレーズが心に引っかかっり、もしかしたら両者は同じ所でつながっていると考えていたのではと思っていたとのこと。30 代の頃、ドラッカーはなぜドイツ人はファシズムを選んだのかという本を書いており、そこには「ナチスドイツの全体主義は、結局は市民が自ら選んだ。知識層の「無関心の罪」は 20 世紀の新しい、かつ最も重い罪だ」とあるそうです。ドラッカーは、オウム真理教の若くて優秀な幹部のエネルギーを受け止められない社会に警鐘を鳴らして、同じようなことが 2020 年以降に起こると言っていたとも。その 7 年後、こうしたドラッガーの言葉を受け止められる社会をどうしたら自分が実現できるのかと思っていた田中さんの下に、財政民主主義を支えるインフラである「会計検査院の仕事をしないか」というオファーが来ます。テーマを持って学びと実践を繰り返す田中さんはこれまで、勉強したことを実践できる職場に転職してきました。そんな田中さんがソフィアンに伝えたいのは、疑問や興味を持ったことを調べ、学び、どういう社会の仕組みとつながっているのかに想いを馳せてほしいということ。すると私的な関心から公共に繋がっていくと言います。仕事と自分のテーマは必ずしも一致しないので、その時は2 枚目の名刺を持ってテーマを追求できる場所を持ち続けること。まず望み、チャレンジすれば、そこには必ず得るものがあると「テーマを持って生きる人生を」というメッセージをいただきました。▶ 事業企画委員会 岩崎由美(文国)田中弥生さん 講演会レポート
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